「推し活にお金を使う人」に知ってほしいサンクコストの罠とは?

「オタク辞めたい!」

SNSのタイムラインやライブ会場からの帰り道で、私たちは何度この言葉を目にしてきたでしょうか。推し活に興味のない人からすれば、「嫌なら辞めればいいじゃん」と思うかもしれません。しかし、当人たちにとって、事態はそう単純ではありません。

なぜ、情熱が薄れてもなお、私たちは「辞められない」のでしょうか。そこには、単なる感情的な愛着だけでなく、合理的な意思決定を妨げる経営学・行動経済学の理論が潜んでいます。

本記事では、「サンクコスト(埋没費用)」というキーワードを軸に、3人のオタクへのインタビューを通して、その心理の正体に迫ります。

まずは「推し活市場」を知る

2025年6月、株式会社インテージが全国15~79歳の男女5,000人を対象に実施した調査によると、「推しを持っている」と回答した人は全体の35.1%にのぼります。

特に15~19歳の10代では、その割合は75.0%と突出しており、推し活は若年層において、すでに「特別な趣味」ではなく日常的なライフスタイルの一部となっていることが分かります(1)

一方で、株式会社ネオマーケティングが2025年に行った調査では、推し活経験者のうち、推し活を「やめたことがある」または「一時的に控えたことがある」と回答した人は約4割(37.8%)に達しています。特に10~20代では、「一時的に控えたことがある」割合が3割を超えており、ライフイベントの変化やモチベーションの維持に悩む実態が浮き彫りになっています。

また、男性は「一人推し活」の比率が高く、周囲と共有しにくいことが、中断のしやすさにつながっている可能性も指摘されています(2)

そもそも「サンクコスト」って何?

牧和生は『オタクと推しの経済学』の中で、推し活に費やした金額を次のように説明しています。

推し活に費やした金額を、行動経済学では「サンクコスト(埋没費用)」と呼びます。これは、すでに支払い済みの費用で回収できないコストのことを意味します。サンクコストの厄介なところは、もし推し活を辞めてしまえば、それまで推しに費やしたコストが回収できない費用として確定してしまうという点です。そのため、推しに対する情熱が薄れ始めても悪寒を使い続けるという行動を取り続けてしまうのです。(3)

経営学を学ぶと、「サンクコストは意思決定から除外すべきだ」という原則を、金融論や管理会計の講義で何度も学びます。

  • 金融論では、投資判断において過去の損失ではなく将来のキャッシュフローを見ることが重要だと教えられます。
  • 管理会計では、戦略的意思決定を行う際、すでに発生した固定費は「無関連原価」として扱われます。

しかし、理論通りに割り切れるほど、人間の意思決定は合理的ではありません。
「ここまでお金を使ったのだから、今さら辞めるのはもったいない」
この心理こそが、サンクコストの罠なのです。

3人のオタクが語る「推し活投資」のリアル

【Aさん】「認知」という名の投資

Aさんは、いわゆる「接触イベント」に多額の費用を投じてきました。

「1枚数千円のCDを何百枚も買って、推しに会いに行きます。名前を覚えてもらえたり、少し踏み込んだ会話ができたりする「認知」を得るためです。でも、今ここで辞めたら、これまでの何十万円が無駄になる気がして……。『あの子、最近来ないな』と思われるのも寂しいし、これまでの投資をゼロにしたくない一心で結局、またCDを買ってしまいます」

【Bさん】「継続」という名の義務感

デビュー当時から全作品を購入してきたBさんは、こう語ります。

「正直、最近の楽曲は自分の好みとは少しズレてきていて、以前ほど熱心に聴いているわけではありません。なんなら、最近のCDは買うだけ買ってすべて実家に送っています。 それなのに、新曲が出ると条件反射で予約してしまう。でも、ここまで揃えてきた実績があるから、1枚でも欠けたらコンプリート記録が台無しになる気がしてしまう。今はもう、応援というより「惰性」に近いですね」

【Cさん】「思い出」という名の呪縛

Cさんの部屋には、ライブグッズや遠征の思い出が溢れています。

「ライブのたびに疲れや出費を感じるようになりました。でも、グッズを見ると全国各地に遠征した楽しかった記憶がよみがって。その『楽しかった過去の自分』を捨て去るのが怖くて、簡単に離れることができません」

それでも、推し活がもたらした価値

3人全員が口を揃えて語ってくれたのは、推し活のポジティブな側面でした。

  • 推し活を通じて、生涯付き合える友人ができた
  • 日常生活に張り合いが生まれた
  • ライブを目標に、勉強や仕事へのモチベーションが高まった

これらは、金銭では測れない価値です。

経営学は、人生を縛るためではなく「自由にする」学問

経営学的に見れば、AさんのCD代も、Bさんのコンプリート記録も、Cさんの遠征費も、すべてサンクコストです。しかし、重要なのは「これから先、その活動が自分を幸せにするかどうか」です。

過去に縛られるのではなく、未来の効用を基準に判断する。それが、経営学が教えてくれる意思決定の本質です。推し活に費やしたお金は戻らなくても、そこで得た感動や経験は、人生の「無形資産」として確かに残っています。

サンクコストの正体を知ることは、推し活を否定するためではありません。これからの推し活を、より自分らしく、無理のない形で楽しむための視点なのです。

無理のない推し活を、これからも

経営学の視点を持って、自分の時間とお金の使い方を見直してみませんか。
あなた自身の人生という物語を、より豊かにデザインするために。


参考文献
(1)株式会社インテージ,『「推し活」3人に1人。物価高・円安の影響「受けない」5割超』, 2025/06/12, https://www.intage.co.jp/news/6144/ , (参照2026/01/06).
(2)株式会社ネオマーケティング,「推し活に関する調査 推し活をやめた経験」,2025/06/06,  https://corp.neo-m.jp/report/investigation/entertainment_012_oshikatsu-move-on , (参照2026/01/10).
(3)牧和生,株式会社カンゼン,『オタクと推しの経済学 広がり続けるオタク市場の現在と未来がコンパクトにわかる!』,2023,pp90-91.

クレジット
取材・文:経営学部3年 大城笑理
写真:経営学部3年 大城笑理、インタビュイー提供
編集:経営学部3年 古川愛