QRコード決済、クレジットカード、交通系ICなど、キャッシュレス決済が日常の一部となった現在、現金を使う機会が減ったと感じる人も多いのではないでしょうか。
スマートフォン一つで支払いが完了し、ポイント還元によって「得をした」と感じる場面も増えました。その一方で、現金で支払っていた頃よりも出費が増えた、あるいは「使った感覚がないままお金が減っている」と感じた経験がある人も少なくないと考えられます。
こうした背景から、筆者は「キャッシュレス決済は浪費を招くのではないか」という仮説を立てました。
本記事では、筆者自身による現金払いとキャッシュレス払いの比較実験、学生へのインタビューを通して、支払い方法による行動や心理の違いを検証します。さらに、経営学部で企業経済学・企業家論などを担当する小川博雅先生への取材をもとに、行動経済学の視点からキャッシュレス決済と消費行動の関係を読み解きます。

取材に応じてくれた小川博雅先生
実際に検証してみた:支払い方法で行動は変わるのか
キャッシュレス決済が浪費につながるかを確かめるため、筆者は1週間の消費行動を記録しました。
前半は現金のみ、後半はキャッシュレスのみで生活し、出費内容の明細と日記法を用いて、支払い時の感覚を比較しました。
現金払いでは、少額の支出でも「お金が減った」という実感が強く、必要性をあまり感じない買い物ややや高額の支出では、「高い」「買うのを迷う」といった心理が働きました。最終的に、前半の支出額は 4540円 でした。
一方、キャッシュレス払いでは、日常的な支出への抵抗感が弱まりました。支払いが簡単で、財布からお金が減る様子が見えないため、「使った感覚」が薄れやすく、後で振り返ると「思っていたより使っていた」と感じる場面もありました。ただし、高額の支出ではキャッシュレスであっても負担感があり、すべての支出で感覚が鈍るわけではありませんでした。
後半の支出額は 12500円 となり、簡易的な調査ではありますが、現金払いと比べて支出が増える結果となりました。この結果から、「キャッシュレス決済は浪費を招く可能性がある」と考えることができます。
学生はどう感じている?キャッシュレスと使いすぎのリアル
筆者1人の経験だけでは一般化できないため、6人の学生にインタビューを行いました。キャッシュレス決済による使いすぎの経験、ポイント還元の影響、現金とキャッシュレスの管理のしやすさなどについて話を聞きました(※以下、学生コメントは原文を尊重しつつ整理)。
- キャッシュレス派の学生からは
「ポイントが付くと得した気分になり、予定外の買い物をしてしまう」
「オンライン決済ではお金を使っている感覚が薄く、少額の支出に気づきにくい」
といった声が聞かれました。 - 一方で、
「アプリで利用履歴を確認できるため、現金より管理しやすい」
「ATMに行かなくても管理できる点が便利」
といった肯定的な意見も多く見られました。
現金派の学生からは、
「現金は減っていくのが目に見えるため、使いすぎ防止になる」
「支出の内容によって現金とキャッシュレスを使い分けている」
という声もありました。
これらの意見から、キャッシュレス決済が一律に浪費を招くわけではなく、使い方や意識によって感じ方に個人差があることがうかがえます。
小川博雅先生に聞く:行動経済学から見るキャッシュレス決済
実験と学生インタビューを踏まえ、小川博雅先生にキャッシュレス決済と消費行動の関係について話を伺いました。
先生は、行動経済学における「支払いの痛み」 と 「現在バイアス」という概念が重要だと指摘します。
「お金が減る感覚」はなぜ弱まるのか
現金払いでは、財布からお金を取り出し、手元の金額が減る様子を視覚的に確認します。この動作によって、「支払った」「お金が減った」という感覚が強く意識されます。これが「支払いの痛み」です。
一方、キャッシュレス決済では、カードやスマートフォンをかざすだけで支払いが完了します。そのため、実際にはお金が減っていても、身体的・視覚的に実感しにくくなります。結果として心理的なブレーキが弱まり、使った感覚が薄れやすくなる場合があります。
現在バイアスと若年層の消費行動
現在バイアスとは、将来の負担よりも目の前の満足や利便性を優先してしまう心理的傾向です。キャッシュレス決済では支払いの実感が弱いため、「今の満足」に意識が向きやすく、予定外の支出につながることがあります。特に若年層は経験が少なく、支出の先にある影響を想像しにくい点も、この傾向を強める要因となります。
現在バイアスとうまく付き合うには
先生は、キャッシュレスによる使いすぎは、決済手段そのものではなく「どのように使うか」に左右されると述べます。チャージ型電子マネーで使える金額をあらかじめ決めることや、アプリで利用履歴を確認する習慣を持つことで、現金と同様に支出を意識することが可能です。
キャッシュレスは「良くない」のか
キャッシュレス決済には、支払いの痛みが軽減されることで消費のストレスが減るといった利点もあります。浪費を招くという側面だけでキャッシュレスを否定するのではなく、自分の行動特性を理解したうえで選択することが重要だと先生は指摘します。
キャッシュレス時代に必要なのは「自己理解」
本記事を通して明らかになったのは、キャッシュレス決済が必ずしも浪費を招くわけではなく、その影響には個人差があるという点です。使いすぎは決済方法そのものよりも、支払いの仕組みや自分の行動特性と深く関わっています。
「キャッシュレスだから危ない」「現金だから安心」と単純に決めつけることはできません。重要なのは、自分がどのような場面で使いすぎやすいのかを理解し、それに合った支出管理方法を選ぶことです。
身近な疑問を実験や理論を通して検証し、自分の行動を見つめ直す。こうした学びができる点も、経営学部で学ぶ魅力の一つと言えるでしょう。
キャッシュレス決済と向き合うことは、単なる支払い方法の選択ではなく、自分自身を理解することにつながっているのです。
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取材・文:経営学部 3年 柴田莉果
編集:経営学部 3年 増田丈一郎